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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

自分だけの勝手な、ゴキゲンになりさえすればいい方法

己っちは、明治〜大正の本郷あたりの薩長エリートによるちまちまとした西洋パクリ官製文学を完スルーしている。

ここのところ深沢七郎の書いたものばかり読んでいる。己っちは、暇潰しのために彼の思想に感化される。

八百屋でりんごを並べたりみかんを並べたりしてありますね。そういうような工合に、人間というものは死ぬのが商売じゃないかと思うのです。

この深沢七郎の言葉で好きなのは冒頭一文で、人間の生業を、八百屋も死ぬことも「丸で選べない、キラキラしてないこと」として並列に置いているところが凄くて、八百屋にせよ死にせよ、どうせ選択の余地ない果てなのだから、生きているのはつまり暇潰しじゃんか、という考えである。

朱子学カルトや欧米思想に染まってなかった頃の日本人は、こんな感じで生きてたんじゃないか。

死ぬまでの時間を矢鱈とキラキラしたものにしたがる輩の魂胆には、腹黒いものを感じる。

キラキラする為に、あれ買いなさいこれ食べなさい、じゃんじゃん酒飲みなさい、なぜならあなたはキラキラ、かけがえないからだ、というコンテクストが日本ではいまもメジャーだけど、そんなのちゃんちゃらおかしい。

彼らのコンテクストは、

①厳しいんだぞ、辛いんだぞ世の中は!

②しかしあなたは、かけがえない…。

③だから〇〇を消費しなさい! するとあなたは、みるみるキラキラ輝く。

〇〇はアルコールだったり、ハイブリッドカーだったり、英会話学校だったり、エコファーストな三階建住宅だったり、売りつけたいものなんでも入る。

己っちは、こんなの詐欺だと気づいて、「自分だけの勝手な、ゴキゲンになりさえすればいい方法」で生きることにした。この言葉も、深沢七郎から教わった。