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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

脱アルコールはイノベーション

己っちはアルコールをやめたと同時に、社会人という「鍵のない監獄暮らし」もやめた。

「社会人」とは、「元気よく」「ちょっぴりエッチに」「目上にお追従」する動物のことで、昼間のうちはそれはもう超絶ナチュラルハイなテンションを求められ続ける。

金正恩の周りにいる一般人がよく、両手を肩より上に挙げて喜びを表現しているけど、あれは北朝鮮における「元気よく」の定型で、ああしてないと反逆と見做されて強制収容所にぶち込まれてしまう。日本も、ネポティズム(縁故主義)のクソ社会人ごっこの競争においては、北朝鮮と大差ない。

昼間矢鱈とハイになるから、夜はダウナー系麻薬アルコールをぶっ込んで鎮静する。

社会人とは、アッパー→ダウナーを半日ごとに繰り返す気狂いアニマルなのだ。

脱社会人化して思うことは、「アルコールは全然なくていい、という事実に、なぜ今まで気づかなかったのだろう」ということ。

ドラッカーは「なぜ今まで、これがなかったんだろう」と思わず口をつくものごとが、イノベーションだと言っているけど、脱アルはまさに己っちにはイノベーションであった。

脱アルコールとは「なければないでなんとかなる」のではなく、「ないことでしか得られない価値に気付き、もうアルコールのある時代には戻れない」のである。

脱アル世界から日本をみると、ネポティズムと集団アルコール発狂が結びついていてダメだこりゃ、という結論に至る。

縁故者のアルコールによる結束が何よりも優先されるクソ組織ばかりだから、素面がデフォルトのグローバル競争には負けて当然である。