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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

完璧より完了

日本企業のどこがクソかというと、構成員が「マジメ・ファシズム」で動いているところである。

ぽっぽ屋は、秒単位で運行しようとするけど「正確な運輸サービスで乗客に貢献したい」のではなく、「自責の遅延で組織に怒られたくない」からで、単にファシズムの奴隷である。

人間は「誘因(インセンティブ)」で生きている人と「動因(モチベーション)」で生きている人に分けられる。

まっぽ屋、ぽっぽ屋、ドカン屋などは全部「誘因」で生かされている。考える力がない。

それから、アルコールを楽しみに生きている人間も、エタノールという「誘因」で生きる人種である。

酒場で独り呑む楽しみ、仲間とダウナー系麻薬でへべれけになる「呑みュニケーション」、気絶まで毎晩繰り返す家呑み……。

どれも「誘因」の奴隷に過ぎない。

人間ならば、他人の「誘因」ではなくて、自らの「動因」で生きたい。

「誘因」の虜は大抵、まじめやきっちり、完璧を期すフリをする。

昼間は元気で明るく、ちょっぴりエッチ、でも支配者には思いっきりチンコロするライフスタイル。

奴らの言い訳は「きっちりまじめに完璧を期すと、難しいことは完璧にならないからやりません」となる。

「完璧」を目指して実は何もしないのが「誘因」の人生。

「動因」人間には「誘因」なぞどーでもよく、行動してまずは完了してしまう。

結果が出てから改めて修正していくと、意外と早くいいものができてうまくいくことも多い。

「誘因者」は虚偽の完璧を目指して何もしないクソ。

アルコールの誘因で生きていると、動因の本能が消えてしまう。

それこそが、実は恐ろしいのではないか。

朱子学カルトが酒を規制しないのは、誘因者の方が御し易いからに他ならない。