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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

棄てることで得られるもの

「棄てる、やめる、嫌う」は、「拾う、続ける、好む」より、ずっと難しい。

「棄てる、やめる、嫌う」には、考える力が要る。考えることをしなくなると、「棄てる、やめる、嫌う」は丸で出来なくなる。何でもかんでも溜め込んで、やらなければならないことだらけで時間がなくなり、八方美人で特徴のない人間になる。

「棄てる、やめる、嫌う」にこそ、真の思考力が求められる。なぜならば、棄てるとは、かなりきつめの虚しさを覚悟して、受け容れる必要があるからである。

例えば、机を棄てて、椅子だけで読み書きすることに決めると、街に無数の公共時空が立ち現れるが、その椅子に座り独り没入する読み書きは、底なしにぽつねんとしている。

また酒を飲む習慣を棄てると、それまで麻薬服用でトンでいた時間や、酒を飲むことで繋がっていた薄い人間関係が完全に消えて、途端に虚しくなる。

この「ぽつねんと虚しい」という感情は、「寂しい」とか、「無力」とか、「無用」ととても近いので、棄てる決断をしたことをたちまち後悔したくなる。

棄てたことによる自由や勇気を讃える気持ちよりも、敗北感にも似た虚しさにじぃっと、奥歯を噛み締めながら耐えなければならない。

しかし虚しさに慣れてくると、必ずや、寂しさや無力感は消えて行き、内心が空白になる。すると棄てることではじめて得られる大切なものが、気前よく与えられるのだ。

きっぱりやめなければとうてい得られなかった悦びや、獲得した新たな身体性、内心の広々とした自由は、あなたがあなたの力で勝ち取ったものだ。

考え抜き、勇気をもって棄てたことによる底なしの虚しさ。それを乗り越えてはじめて得られるものに気づく。

後悔で、棄てる前に立ち戻ってしまえば元の木阿弥。強い意思で、幻の慕情を振り切り、底なしの虚しさに耐えたものだけが、たどり着ける世界がある。