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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

自分で決められない末路

おカミからどうでもいい選択権だけを与えられ、単なるお仕着せを自由だと勘違いしているのは、イタい。

例えば、素敵なバーで何を飲むか? は自由ではない。「酒を呑む」という、隷属のなかでもタチの悪い首根っこを強くつかまれている時点で、大切な自由を奪われている。

最賃すれすれの薄給で搾取されることも、都合よく資本家にこき使われているだけで、取るに足りない小さな裁量や権限など、自由でもなんでもない。

昭和日本の競争優位の土台になっていたのは、平たく言えば「やりがい搾取」であって、宅配便もコンビニもファミレスも、薄給と引き換えに一人一人の労働者が丸で割りの合わない感情労働にみずから進んで従属している結果に過ぎない。

報酬としては余りにも安すぎる強制的精勤から解放され、せっかくの余暇をテレビなぞを観て過ごすことも、あちらの都合の良い情報だけをインストールされるだけなので、自由とは程遠い。

自動車を運転することに男らしさや自由をこじつけても、結局は運転という苦行をすすんでこなす単なる納税者に過ぎない。

「プレミアム・フライデー」が笑えるくらい定着しないのには、この掛け声に草の根のファシズムの匂いを感じるからではないか。

クールビズも過去のものになりつつある。官製不格好に従うくらいなら、完全なカジュアルの方がマシだし、ビジネスをまともにしたいならジャケットやネクタイを排除する意味などない。

自分で決められない人間は、名ばかりの自由と引き換えに、半殺しの目に遭うだけである。