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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

書いてないことは無視すればいい

革命とは、テキスト(書き言葉)の書き換えである。

印刷技術によって、書き換えたテキストの流布が簡単になったから、カトリック教会の権威が破壊されたり、地動説などの自然科学が確立されたりしたのだし、その後の革命だって、市民が王政を力尽くで倒して王による法律を書き換えてしまったことに他ならないし、国民国家どうしの戦争なんぞは、武力で敵国の憲法を書き換えることだ。

日本は敗戦で、憲法を書き換えられたけれど、不文律は放置されたまんま残ってしまった。不文律とは、己っちの言う「朱子学カルト」である。

不文律とは、文字通り紙に書かれてないので、書き換えることは出来ない。どうしようもない。

どうすればいいのか。

簡単である。書いてないことは全部無視すればいい。

具体的には「空気を読まない」。つまり、テキストにないことは、書き換える価値もないのだ。

例えば、相互監視や同調圧力を無視する、強制的、半強制的な会食を無視する、生産性の低い会議を無視する、接待をしない、など、空気という社会的時空をゼロベースで見直す。

合わせて己が己を縛っている不文律、飲み歩き、食べ歩き、喫煙、色情狂といった個人的な惰性、自慰を、徹底的に見直し、無視する。

テキストに書かれていない膨大な無駄や恥を華麗にスルーできれば、無視していることを箇条書きにできるはずだから、そこで革命が起きる。

朱子学カルトの不文律を、書かれていない故に徹底的に反故にする、これを草の根レベルで押し進めることが、己っちにとっての革命である。