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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

小利口な小吏

バブル:日本迷走の原点を暇潰しに読んでいる。

日本の近現代史って、ほんと、その時代その時代の、丸でわけのわからない怪しい人物が、我田引水の攻防を繰り広げてきた歴史だと思う。

日本の近現代とは、つまりショーン・マクアードル川上みたいな感じのホラッチョが、最後まで世間を騙し切ったら勝ち! みたいな単純ルールのクソゲーなのである。

このクソゲーでは、小利口な役人や政治屋なんぞは単なる事務方や端役に過ぎない。

物凄いエネルギーで世の中を出し抜いたり、ぶっ壊していくチンピラ紛いの個人の思うがまんまなのであって、法だのルールだの市場だのは、単なるお飾りでしかない。

だからこそ、この国が‪端から‬まともなわけがないのである。フィクサーとか、政商による既得権ファーストな国なので、タバコも酒も飲み放題、国民など馬鹿な方が扱いやすいとばかり、半殺しまくりなのである。

経産省の若手による日本の行く末を憂いたPDF資料が、昨日あたりからネットで拡散してるけれど、「経産省若手」っていうだけで己っちなどは、「嗚呼小利口のしょうもない戯言だろうな」と直感してしまう。経産省が日本経済や通商産業に実績を産んだことなど、殆どないという史実を知るべき。

もう、なんと言っても、その表紙からしてアウトである。

表紙には、「次官・若手プロジェクト」とある。

この「印籠」だけで、もう読む価値なし、というのが己っちの印象(実際読んでない)。

この表紙、つまりは、「次官ご指示のもとで若手が自由闊達に議論しました」と、小吏が次官の威を借りているのである。次官視点で見れば、世間ではこういうのを「ガス抜き」と言う(笑)。

90年代前半のバブル終焉期に、お間抜けな小利口どもが興銀、長銀、日債銀の泥舟に駆け込み入って、それらの銀行自体が溶けてなくなっちゃったのと少し似ているけれど、いまどき経産省のような泥舟・オブ・小利口にいる小吏は、全くダメだろうなと推察する。

己っちの頭の中は、基本的にスラム街のチンピラなので、こういう書類は仕事でもスルー、土台読まないことにしている。

だって次官の無駄だから。