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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

働き過ぎは、ただの飲み過ぎ

日本の会社組織って、本当に非常識の塊である。

ごまかしごまかしやってきたけどもう限界ではないのか。

下らない非常識や非効率を全否定しないと、明日はないと思う。

「忙しいフリをする人が偉い」という非常識

いまどき電話が仕事のデフォになってる会社員には、近づかない方がいい。

そいつの「忙しい」はただの「忙しいフリ」である。相手先との信頼を大切にすれば、電話なんぞは単に相手の時間を奪う行為。そんなこともわからない人間に仕事を任せてはいけない。

何でも「共有」という非常識

やたら会議をしたがる奴は仕事ができない。「同じ釜の飯」とか「チーム」とか「報連相」を仕事の基本だと考えている奴も周回遅れ。新しいことは独りでやんないとスピードも上がらないし、うまく行かない。

下手につるんでリスクを分け合うなんてことをしている奴らは、そもそも新しいことなんて実はしたくないのだ。

機会も不確実性も、元来は個人や分散型ネットワークのためのものであって、組織には何も期待してはならない。

働き過ぎは、ただの飲み過ぎ

仕事上アルコールが不可欠な人間関係は、実は仕事なぞ目的ではなく、例外なくアルコール服用が目的になっている。

アルコールとは実に恐ろしい麻薬で、覚せい剤などとは違って、依存者はアルコールというドラッグを打ち込むために、さも最もらしい理由を、何の疑いもなく見つけ出すのだ。

「最近失敗続きの後輩を元気づけてやる」

「チームやクライアントへの感謝を伝える為に定期的に一席設けるのが管理職の務めだ(でもそれは会社の経費で)」

「今日も終電まで頑張ったから、気を失うまで飲むのが、自分へのご褒美」

「厳しい指導の後だからこそ、酒で部下をリラックスさせてやるんだ」

などなど、単なるドラッグ服用を仕事と強引に結びつけて、正当化してしまう。

アルコールは、「お疲れ様」という日本人の薄っぺらい共感感情に付け入り、人と組織と会社と社会を、深刻な麻薬依存へと追い込んでいる。

どんなに最もらしい理由で酒を飲み始めても、結局は単に「アルコールをもっともっと飲みたい」だけなのである。

社会人の多くは、働き過ぎで疲れているのではなくて、飲み過ぎで心身がダメージを受けているだけではないのか。

おっさんの仕事ぶりを観察していると、二日酔いで外回りへ出てサボり、内臓が復活した夜にはまた同じ仲間と酒を飲んでいるだけだったりする。

日本のクソなおっさんホワイトカラーの生産性が低い真因は、組織的ドラッグ依存である。