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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

人類の脳と脳が繋がる時代

「AIが世界を変える」みたいな話しは多分にポジション・トークであり、AIに託けて世界を変えちゃいたい人が、そう声高に言ってるだけの気もする。

AIよりも確実に先に来てるのが、人間の生身の脳やインテリジェンスが、スマホを通じてインターネットで繋がることで、これはグーテンベルクの印刷革命より遥かに凄い衝撃なのである。

インターネットには、印刷や放送なんかよりずっと早く強く洗脳できる可能性がある。実際、ISなどは、インターネットによる洗脳に力を入れている。だからあちこちで、組織的でないホーム・グロウンかつローンウルフ型のテロが起きる。

己っちが思うのは、アルコールとは、インターネットのない時代に人間の脳と脳を接続しやすくする道具だったのではないかという仮説だ。

アルコールによって脳の理性的な警戒心や羞恥心が麻痺し、組織や集団を構成する脳どうしが円滑に接続されたのではなかろうか。

ところがスマホが主流になり、スマホを操る人の脳と脳が常に接続された今では、わざわざアルコールの力を借りなくても、緩く頻繁に、脳と脳がもうすでに繋がっている状態になっている。

昔なら物理的に集い、飲み会やコンパでもしなければ他人の脳とはうまく接続できなかったのに、今ではメールでもラインでも、殆ど常時接続に近いのだから、若者のアルコール離れも必然だと思うのである。

インターネットがまだいまひとつどう使えるのかわからなかった90年代後半には、酒に加えて、カラオケが脳と脳をつなぐきっかけになっていた気がする。

カラオケの選曲は、まさに雄弁な個人プロファイルそのものだったし、逆に歌ってはいけない曲の共有も、脳と脳の接続には、極めて重要だった。

例えば、上司の十八番は、上司以外は歌ってはいけないという不文律は、当該集団の脳と脳が、カラオケとアルコールで繋がっていたから機能していたのである。

インターネット以前には、組織やヒエラルキーのなかでしか接続されていなかった脳と脳が、いまではスマホを持つすべての人と常時で繋がっているのである。

今日のニュースで言えば、ユナイテッド航空がシカゴ空港でアジア系の男性を力尽くで機外へ連れ出した映像は、インターネットを通じて瞬時に、世界中の「露出した脳」である視神経と一気に繋がってしまったのだ。

凄い世の中である。己っちの仮説が正しいなら、インターネットがあれば、アルコールはもう要らない。

いまもまだ「アルコールが必要だ」と感じている人は、インターネットがうまく使えていない人か、或いは繋がることを本心で望まない人のどちらかで、だからこそ、アルコールによる病はインターネット以後になってからひどく深刻化している気がしてならないのである。