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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

消耗しない人生

現金を一円たりと持ち歩かず、余計なモノを徹底して棄て、固定費もまた忌み嫌い、ひたすら損切りを繰り返した結果、己っちは、朱子学カルトの消費経済圏外に出つつある。

朱子学の本質とは、下々をしてとにかく矢鱈と懸命に消耗させ、思考時間と蓄財余力を無化するドクトリンなのである。

有名な「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)では、日本近代で珍重された「いき」という価値観を考察しているけど、「いき」とは、要するに、意気、媚態、諦観の3エッセンスをよきものとして下々を洗脳することである。

「とにかく明るく元気で、アルコールやセックスに享楽的であり、これ以上の社会階級上昇は諦める」という精神半殺し状態こそが規範とされた。日本社会がアルコールに甘いのは「いき」という洗脳の名残だ。

この考え方は、単に支配者にだけ好都合な訳で、「宵越しの銭は持たない」や、名古屋のように矢鱈と家族間の儀礼に金をかけるしきたりは、蓄財を許さないことで武装や反逆を防ぐために徹底された。

とにかく規範に従順であれ、と権力が被支配者に刷り込んだのだ。

アルコールで心身を半殺しにした上で、あれ買えこれ買え、あれ食えくれ食えの情報を、政財官が挙ってじゃんじゃん押し付けてくる。この「生かさず殺さずただ消耗させよ」という命令情報は、明治〜平成まで徹底して間断なく、強くしつこく発信されてきたので、日本人は消耗がデフォルトになっている。

カネのかからない生活とは、支配者からの一生消費して消耗せよという命令をスルーすることに他ならない。

アルコールによる半殺しから脱出できたなら、あなたも健全な精神が目覚めてくると思うので、「消費せよ、預金せよ(預貯金も死に金であり消費と同義)」というメッセージを、とにかく聞き入れないことだ。

生きた時間と生きた金の使い方をよくよく独りで考えられるようになると、人生は心地よく、充実して、楽しくなる。

己っちはこのことを伝えたくて、このブログを書いている。