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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

朱子学カルトは辛いよ

朱子学カルトにおいては、人生は辛いものと思い込まされる。

誰に? この世界を牛耳る支配者たちに。人生は辛いうえに、厳しいんだと徹底的に植えつけられる。楽で楽しいとわかると、洗脳できないから。

NHKがBBCに目ん玉飛び出るばかりの受信料で吸い上げた金を勝手に払って、地球上の動物の生態を追う番組を作ってるけれど、日本人は、その番組の取り扱いすらも、

「動物にとって、この世は辛く厳しく非情だ」という文脈に置き換えてしまう。それだけ朱子学カルト洗脳は頑固なのだ。

「動物は兎にも角にも生き抜くという、イマココに全身全霊で向き合っていて尊いなあ」が己っちの考える正しいコンセプトだ。日本人は変な読み込みをしてしまう。

「人生は厳しいんだぞ」という洗脳の背後には、既得権を持つ年長者の決めたゲームのルールに従えよな、という無言の強制がある。寿司の修行に何十年もかかるとか、野球部の一年生はひたすら球拾いとかの前提はみんなこれ。

テレビを点けると吐き気を催すばかりのグルメ情報が氾濫しているけれど、これもまた「この世は辛い、苦しいから、せめて美味いもの、美味い酒を楽しもう」という間抜けなガス抜きが確たるメッセージとなっている。

アルコール依存もまた、この世へのつらみ洗脳が真因である。

本来、健全な精神と肉体を持つ動物にとっての飲食とは、この世の苦しさや辛さを晴らす為にすべき代替や逃避行為では決してない。

ただただ、生きる歓びを得る極めて身体的な行為である。

「あなた方はこの過酷で厳しい社会のなかにいる」この強い思い込みを断ち切ることこそが、自由の根幹である。

日本人は、学校も、会社も、軍隊も、病院も、厳しくて苦しくて辛いのが当たり前であると、間違った認識を信じ込まされている。

この罠に引っかかったまんま会社の役員になってすら、志願奴隷であり続ける愚かな人間もたくさんいる。

己っちは、世界をもともと苦しい厳しい辛いものと思わない。食べることや働くことは、苦しみからの救いなどではない。

アルコールは、世界は辛くて苦しいと思い込まされている人が、充てがわれる麻薬である。

本を読んだり飯を食ったりするのは、それ自体が生きる快楽だからで、苦役や不幸の埋め草では決してない。

いい歳したおっさんなのに、そんなことすらわかってないアフォが多過ぎる。