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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

脅して、すかして、アルコール

日本が四月始まりなのは、薩長政府の行政執行開始が一月に間に合わなかったからで、実はそれ以上の意味はない。しかし、国民国家としての権力が定着するなかで、日本人だけが四月に一斉に一年を更新する同期性は、共同体に固有の共時体験をもたらす効果を持った。

朱子学カルトを蛇蝎の如く嫌い抜く己っちからすると、年度という閉じた区切りには嫌悪すら感じる。未だに銀行や紳士服の会社が、新社会人向けの「フレッシャーズ・キャンペーン」の広告を打っているが、新卒一括採用なんて亡霊狩りを一体いつまで夢見ているのか。

何と言っても、酒造業というキチガイ水道屋である土管屋稼業が、作家大先生をして新社会人に叱咤ご高説を訓示する恒例新聞広告なんて、もうなくなって然るべきだと思うのである。

だいたい毎年、その作家大先生は、下記の要素をおさえているように思う。

①ようこそ、厳しい世の中へ

②しかしあなたは、かけがえない

③だから共にウイスキーで乾杯

己っちはこの三つとも、全部間違ってると思っている。ちゃんちゃらおかしい。

①世の中は辛くて厳しいのが当たり前、なんて実は嘘である。下々を萎縮させ、長老の権威を温存する典型的な朱子学カルトの教条である。世の中は楽しんだもの勝ち。無条件で素晴らしい。

騙されてはいけない。

②の個性礼賛は、①の脅しと対になっていて、言わば飴の役割なのだが、これも嘘八百。個性など、元来は苦しいもので、向き合うことはただただ辛くて難儀だ。個性が素晴らしいなんて抜かす奴は基本的に偽善者で信用できない。

③脅しとおだての果てに、アルコールというドラッグを持ってくるのも、このクソなカルト社会の狂ったイニシエーションでしかない。

お気づきかと思うが、脅し→おだて→アルコール、という文脈は、軍隊、体育会、会社組織あらゆる朱子学カルト組織に通底する基本コードである。

彼らの古臭くてしょうもない話法など、丸で傾聴に値しない。

同調と相互監視に支配されるだけの麻薬パーティである飲み会の誘いなど、きっぱりと断ろうではないか。