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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

家庭菜園を始める

四月から家庭菜園を始めるので、寒空のなか朝から畑へ。長靴を履いていった。

野菜づくりを教えてくれる人が、面白いおじさんで、脱線に聴き入る。こういう面白いおっさんは、なかなかいるものではないので、この畑にしてよかったと思った。

芋虫のような害虫は、完全に殺してしまうよりも半殺しにして置いておくと、弱ってるその虫に強いものがわらわら寄ってくるので、返って他の害虫駆除にも効果的なのだという話をしていて、これは人間社会もおんなじだと思った。

アルコールなんぞは役人や政商が、人々を半殺しにするための薬物であって、完殺しするよりも、支配の効果を見込んでいるのではないか。

アルコールがぶっこまれると、酔って前後不覚になったその人間を狙う悪党が増える。美人局や暴力バーなどはわかりやすい。薬物で半殺しにされた酔っ払いは鉄道事故や暴力事件に巻き込まれたり、酔って暴言を吐いたり、痴漢を働いたりして、社会的信用を失ったりする。

家庭菜園のコツを聞いてると、人間との共通点が多くて驚く。例えば、植えたあとにせっせと水をやり過ぎると、根がうまく張らなかったりする。種や苗は暫くは近くに植えて競わせる。負けた方を間引いて育てるとうまく育つ。

競争や適度な放任は豊作に繋がる。人間と丸で同じだ。

栄養を与え過ぎるのも、植物がいつまでも生きることに本気にならないので、結局のところ美味しい野菜にならないのだとか、話を聞いてると、恰も人間らしさだと考えている多くのことは、植物の世界にも通底する自然の摂理なのだなあと感じ入る。

こうして家庭菜園を始めるのも、アルコールから自由の身だからであって、老荘思想のリアルを感じる。

ソ連が崩壊した時に社会主義が麻痺して食料供給が寸断されても、生き延びたのは近郊に農地を持つ人々だったらしいが、それは単に食いっぱぐれないからだけではなく、植物を識ることは、生きる本質を識ることであるからなのだろう。