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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

すべての教育は「洗脳」 である(堀江貴文著; 感想 2/2)

己っちは情報と戦略を峻別する。

アトムの物質は原価に、ビットの情報は無料に限りなく近づくが、戦略はアトムとビットをどうやって味方にするか、というメタな希少資源なのであって、戦略の馬鹿正直なオープン化なぞ、小狡い奴らに毟り取られるだけだから、よくよく考えなければならない。

例えばAmazonなぞ奴らがオープンにするところは、己に利があると考え抜いたところだけで、それ以外特に戦略についてはカルトにも近い、極めてクローズドな結社である。

戦略の肝や骨はペラペラと、オープンにするべきではない。特に国民国家のクソ組織(政官財学)には要注意だ。うまくいっていた時代は、奴らは美しきファンタジーだったかも知らんが、崩壊寸前のいまは、もはや唾棄すべきファントムである。亡霊どもには、オリジナルな戦略を開示してはならない。

己っちは、奴らとの会食や無駄な会議は徹底的に避ける。仕方なく参加しなければならない場面では、老子精神で弱者・無力を装い、完黙を貫く。

国民国家ファントムのエネルギー源は、小利口特有の醜い嫉妬心である。嫉妬心という愚者のガソリンに敢えて火をつけず、終始一貫ノーマークであるためには、ファントムとの会議、会食は厳禁だし、奴らには徹底的に腹で背き、亡霊の部下なぞには目を掛けず、奴らの余計ないっちょかみに過ぎない「仕事ごっこ」には、丸で心を込めない。

リアリティ(信用という社会関係資本をベースとする面白い実業)にだけ、密かに心砕くべし。

このビジョンからすれば、クソなファントムのドラッグであるアルコールなぞ、単なるシアン化ナトリウムに過ぎない。

前置きが長くなったが、己っちが「すべての教育は『洗脳」』である」(堀江貴文著)でブックマークしたベスト5の残り2つである。

投資には、「損切り」という概念がある。含み損が生じている商品を早めに手放し、損失を最小限に抑える手法だ。

国民国家という、政官財学の組織もまた、含み損を生み出す負の装置でしかなくなりつつある。カネボウはまだマシな化粧品や食品事業を売り飛ばして、負の発生装置である紡績の死守に固執して身を滅ぼしたし、東芝などは、原発「事業」というファントムの含み損にしがみつき、幾多の有望実業、リアリティを売り飛ばしてしまった。

己っちがアルコールをやめて執拗に執行するのも、国民国家ファントム組織の損切りである。この亡霊は、頭から末端までアルコール漬けである。

アルコールを止めることで、社会関係資本のDebtを損切りして、湧き出す自由時間というAssetを、実業に再投資している。

「会社があって、経営者がいて、その会社の利益追求に人生を捧げる忠実な従業員が大勢いる」という従来型の会社の形も、国民国家幻想とともに解体されるべきなのだ。

日本の大企業の殆どは、戦前・戦中から国民国家というファンタジーに共依存した開発独裁、軍産複合の企業ばかりだから、太平洋戦争が実質的に続いていた冷戦期までは機能したが、1991年ソ連崩壊、2011年福一原発事故で、国民国家の政官財学は完全に死に体、ファントムになった。徳川から続く朱子学カルトイデオロギーが、漸く終わりつつある。

ファントムなどに希少資源である時間を掠め取られてなるものかと己っちは思う。もはや、顔の見える人との信頼という社会関係資本を増やすための実業にしか、丸で関心がないし、アルコールなぞは、朱子学カルト地縛霊ファントムどものエクトプラズムに過ぎない。