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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

白紙委任

耳栓をして、iPhone SEの123.8×58.6ミリの画面に見入る。手狭な4インチ・スクリーンに向き合っていると、狭小な実家の陋屋で、湿らせた綿を耳穴に詰めながら教科書を諳んじていた十代の頃を思い出す。

貧しさから脱け出すためには、いい大学へ行くしかないと短絡して、塾へも予備校へも行かずただ独習した。今も昔も単独行動主義者で、友人などこちらから丸で必要としなかった。

あの頃は紙の教科書やノートを広げないと物理的に勉強できなかったのだが、いまはもうiPhoneさえあれば、いつだってどこでだって自習できる。昔の教科書は情報が一つ残らず国民国家へと繋がっていたけれど、iPhoneならば世界の、詰まり巨人の肩に乗り、どこまでも深く広く知識や知恵を、身に付けることができる。

己っちの生活は気づけばiPhoneファーストになり、自宅でも職場でもドトールでも山手線でも会社のトイレでも、世界と自由に繋がることができるようになった。この快楽にとって最も不要なもの、邪魔なものが、アルコールなのである。麻薬で脳がやられると、頭がぶっ壊れて折角の「知の快」を感じられなくなる。

Amazon Primeでヴォーカルのない音楽をAirpodsで聴きながら、フリックやSiriでテキストを入力する。飽きたり行き詰まったら、東京の街に無限に点在する別の椅子まで徒歩で移動する。移動の間に考えがまとまったり、新しい物思いに襲われる。己っちにとっては考えごとと物思いは丸で異なるもので、両者を行き来すること、その行き来を文字で残すことが、いつの間にか生きることと等価となった。

己っちは中学生の頃から、勉強そのものよりも、どうやったら楽して早く成績を上げられるか? にこそ頭を使おうと考えていた。現在の徹底的に功利的で、矢鱈と偏狭な性格は、あの頃の沈思黙考の独習によって確立した気がする。独り決めした秘密の目的に合致するものだけを手元に置いて、残りは何もかも容赦なく斬り捨ててしまう心構えでここまで生きてきた。社会人としては失格だと言われるが、心の中ではあかんべえ、少しも間違えたとは思っていない。これから社会人など、きっと全滅するのだから。