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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

分類と優先順位

組織や人間にとって重要なのは「分類」と「優先順位」である。このふたつがおかしくなるから、組織も人もおかしくなるのである。

凋落する組織は分類や優先順位の線引がおかしくなる。例えば東芝は、事業の区分や優先順位がどんどんおかしくなって、取り返しのつかない凋落を招いている。原発という事業区分が暴走して突出して、蛸壺になる。社長ですら、その区分を越えることもできず、区分のなかの実態すらわからなくなる。

アルコール依存の人も、分類と優先順位がおかしくなる。

まず生活において、酒のあるなしがその分類の筆頭となる。アルコールのない時間の営みは、不快なものとしてひとつに括られてしまう。仕事や人間関係とは、要するに酒なしで耐えなければならない理不尽な苦役として区分けされてしまい、その苦渋はそのまま建設的な解決が破棄され、酒なしでは生きられない理由にすらなってしまう。

アル中の優先順位筆頭は、飲酒が不動の位置を占める。アルコールを入れるために金を稼ぎ、アルコールのために嫌な人間関係に耐え、アルコールのために眠り、アルコールのために飯を食う。アルコールのために風呂に入り、アルコールのために死ぬようになる。

酒は命の水だ、酒のない人生など考えられない、と心の底から思うようになった時、もはやそれは「生き方」ではなく、単なる「死に方」なのだとすら気付かない。

アルコールとはおっとろしいものだ。

「死ぬこと」を「生きること」に分類してしまい、「生きること」よりも「死ぬこと」を優先するようになる。

東芝が「会社組織という死に体を生かす」ために、まさに生きた事業である半導体を売り払うのと、アル中はどこか似ている。組織や人の脳の病気は真におとろしい。