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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

いたる処テレビ洗脳あり

最近は休みの日に近所の黒湯に浸かりに行くことが多いのだけれど、ご丁寧にも浴場に大型テレビが置いてある。風呂に浸かっている多くの人は、テレビを観上げている。風呂に入ってまでテレビを観るのは、昭和時代の庶民の夢かもしれないが、テレビが生活のどこまでも追いかけてくるなあ、という不快感を拭えない。

スマホだけではなく電車に乗っても繁華街を歩いてもエレベータに乗っても、あちこちにモニターだらけで嫌になる。インターフェイスばっかり。天文学的数字のモニタを通じて牽強付会な思想が両目両耳から入り込んでくる気持ち悪さよ。

テレビ・モニターというインターフェイスは「受像機」、像を受け取る専用端末である。誰の像かと言えば、権力者や徴税役人、政商や豪商が見せても良い、見せなくてはならないと判断した像だけに限られる。

ドラマの多くが、警察官や医者を正義と宣伝する内容になっている。アルコールのテレビCMが物凄い物量で投下されている。反社会的勢力との結びつきが否定できない芸能事務所の所属タレントは強く守られている。本来ジャーナリズムに必要な機能は権力の監視であるのに、表面的な公平さの名のもとに権力監視はまるでできない。

フェイク・ニュースやポスト・トゥルースが騒がれているけれど、ネットのない昔に比べて嘘が増えたのではなく、嘘であることがバレる確率が高まっているだけである。

国や組織の垂れ流し広報であるモニタから目を逸らしながら酒を飲まずにのうのうと生きる知恵が求められている。