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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

過去に生きることをやめる

誤解を恐れずに言えば、人間関係の多くは「過去」のことである。

労働には、肉体労働、頭脳労働、感情労働の三つがあるけれど、感情労働は特に「過去」の人間関係に支配される。

肉体労働や頭脳労働は、嫌になれば転職もしやすいけれど、終身雇用や年功序列といった、やたらと不自由な人間関係に縛られたまま、感情をすり減らしながら過去から逃れられずにいる人々はごまんといる。

過去の人間関係を絶対として個人の感情を押し殺すことを美徳とする思想こそが朱子学カルトで、過去の人間関係という感情労働から上手く逃れられないからこそ、日本人の多くは鬱病になったり、仕事を苦に自殺してしまったりする。

更に言えば、鬱病や自殺へと導く触媒が、アルコールなのである。アルコールと朱子学は、アヘンの如き毒薬と言っても差し支えない。

過去の人間関係から自由になり、いまここを充実して生きるためには、何を差し置いても、酒をやめたほうがよい。ただしこれは面と向かって説くことの難しい問題である。だからこうして、不特定多数のブログで書くのである。

酒は、人間を過去の時制に縛り付ける粘着剤だ。酒を飲んでいるときに心のなかで思うことや誰かと話すことを思い起こしてみると、その殆どは、過去のことではないだろうか。アルコールを入れることで脳内は過去と癒着するのである。

もしどうしても酒をやめられないのだとすれば、それは、過去の人間関係のなかに生きることを自ら選びとっていることに他ならない。

アルコールで脳内を麻痺させて、過去に縛られ生きて行く方が、楽かもしれない。しかし、アルコールから自由になり、過去と訣別し「今を生きる」ことができるようになった時の喜びは特別なものがある。

人生はいつからだってやり直せる。