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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

いまここにフォーカス

己っちがFacebookをやらないのは、「過去」と繋がってしまうから。

碌なことがない。FBは「過去の人間関係という新空間」をサイバーに創造したんだと思う。これはアメリカ大陸以来の発見かも。朱子学カルトの日本人がFB使うと悲惨なことになるから一切使わないのだ。FBはディアスポラのユダヤ人が使ってこそ便利なものだろう。

アルコールも、過去と繋がるためのソーシャル・ドラッグの側面がある。わざわざ脳を麻痺させてまでじっくり話さなければならない本音に意義などない。秘すれば花であり、酒の力で聞き出しても互いにとっていいことなんてない。バブル世代以上には未だに、飲んでぶっちゃけることはいいことだという思い込みが残っているが、嘘である。

酒を飲んで仲良くなるなんてない。

「価値」とは関係性の中にしかない。「価値あるもの」とは、世の中の「価値ある人」が認めたものであり、価値判断の連鎖なのだから、「価値ある人」が飲んだくれて、酔っ払った脳で飲み相手の価値を判断していることは、殆どない。飲んで近づいたとしても、酔いが覚めれば殆ど自己満足や思い過ごしでしかない。

過去や未来を思い悩んだり、過去や未来の憂さ晴らしにアルコールへ逃避してみても時間の無駄である。「いまここ」の心内を100としたら、下手をすると80くらいが過去や未来で占領されている人も多いかもしれないが、いまここから過去と未来を意識的に排除する訓練をすることで実はアルコールからも自由になることができる。

いまここにフォーカスするとは、己を肯定することである。

「ま、いいか」「だから、どうした」「ひとそれぞれ」この3つの魔法の言葉を呟くだけで、過去や未来をいまここから駆逐できる。