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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

社会人と瓶ビール

『瓶ビールを目上の人に注ぐときはラベルを上にするべき』マナーが物議を醸す|ニフティニュース

アサヒスーパードライ発売は丁度30年前の1987年。自動販売機やコンビニで缶ビールがバンバン売れていたクレイジーな時代だ。ドライは瓶メインのキリンラガーに対して缶のかっこよさを銀のパッケージに表現、当時右肩上がりで管理職になり始めた団塊に支持された。

チャネルが変わり、瓶から缶へ主役は変わっても、未だに瓶ビールの「用途」は残る。社会人「公式」儀礼の宴会は、この記事のように瓶ビールはまだ必需品なのだろう。

ジョッキ生では、大量の社会人が一斉にビールを酌み交わして挨拶や会話などをする際に、丸で不都合なのである。また財閥系列毎に飲むべきメーカーが異なるので、ラベルがしっかり見えないと同調や忠誠の判別がしづらいのである。

全く以てくだらない話である。日本のビールには混ぜ物として、米やコーンスターチが添加されており、ほとんどのビールはまがい物である。コップにビールが足りなければお酌で継ぎ足すなど、奇習もまかり通る。

己っちの18歳からの人生も、瓶ビールなんぞという滑稽な贋物に随分と、時間と金と健康を奪われた。社会人が瓶ビールをメインに半強制的に酒を酌み交わすというけったいな儀礼習慣は流石になくなりつつあると思うが、今でも「ラベルを上に酌する」なぞ愚かなルールが残っていることは片腹痛い。

瓶ビールなぞ戦後冷戦期の合法麻薬パッケージに過ぎず、こんな輸送コストのかかるものは即刻、殲滅されるべきである。