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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

アルコールと権力

新成人、面識ない新成人投げ飛ばす 傷害容疑で逮捕:朝日新聞デジタル

成人の日に浮かれてアルコールを入れたばっかりに、新成人になってすぐに躓いてしまう。何とも嫌気のするニュースだ。

己っちとしては、談志に御意、酒を憎んで人を憎まず、としか言いようがない。

相変わらず、成人の日の画一的なマスメディアの言説にげんなり。彼らは酒造会社の政商どもから金を貰ったり、酒税の徴税役人に媚びへつらっているだけだから、「アルコールは支配の道具だ」なんて、本当のことは言えない。

義務教育から成人の日まで、そして「社会人」という日本語にしかない珍妙な立場になっても、常に我々は息苦しいムラ社会にいる。

義務教育とは、国民国家による広告である。成人の日も行政権による国家儀礼である。

儀礼とは、広告に他ならない。

「新社会人おめでとう、君は今日から大人の仲間だから、酒でも飲み給え」権力や政商、豪商は、新成人にアルコールをじゃんじゃん飲ませる。

先輩の酒を、後輩がありがたく飲む、というのは、儒学や朱子学に裏打ちされた儀礼であり、社会人を刷り込む儀礼、つまり広告である。ムラを取り仕切る連中は、被支配者を制御するためにアルコールを巧みに用いる。

戦中、台湾人や朝鮮人は、八紘一宇の下に、模範的日本人になることを競わされていた。彼らは我こそ理想の日本人であることをアッピールするために大酒を飲み、わざと羽目をはずすことで、日本人のエスタブリッシュメントを喜ばせて気に入られ「日本人」になろうとした。

新成人よ、アルコールは君たちを支配しようとする権力が君たちに打ち込むドラッグである。

そのことを忘れないでほしい。