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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

経済成長にコミットしない自由

貨幣とは鋳造された自由である。

ドストエフスキーの言葉だが、人間には金なんぞで買えない色んな原的自由がある。人類にとって元々の自由とは金で買えないものであって、金の介在する自由なんぞは十中八九、権力者や政商、豪商によるプロパガンダや、マーケティングに過ぎない。明日の成人の日には酒造会社が新聞広告でアルコールを自由と結び付ける牽強付会なテキストをばら撒くけれど、アルコールほど自由から遠いものはないのだと、改めて強調しておきたい。

金のかからない自由とは例えば、アルコールを忌み嫌うことで大量に出現するまっさらな自由であり、フラット35の如き奴隷金融に手を出さないことによる会社に拘束されない自由であり、公共図書館や大学図書館で良書をタダ読みする自由や、散歩しながら考えごとをする自由、コンビニ・イートインの無料Wi-Fiで音楽を聴いたり、映画を観たりする自由などである。

さらに言えば「信頼」というソーシャル・キャピタルもまた金のかからない、金では買えない自由である。

敗戦責任すら取らず、どさくさ紛れに生き残った戦前の開発独裁勢力が未練がましく追い続けている「富国」つまり経済成長は、ひたすら貨幣リッチにしていくことを追い求めるだけだけれど、己っちにとっては、こちら側の世界観をガラッと変えることで「可処分時間」をリッチにする方が重要である。出来るだけGDPと関係せずに生きていきたい。

己っちにとって金は、いざという時にさっぱりとした孤独を買うために使えれば、それで十分なのだ。