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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

映画「君の名は。」の感想

遅まきながら今夜、都内劇場で「君の名は。」を観た。

想像よりもずっと面白くて、海外も含めてロングランの大ヒットとなっていることは、合点のいくことだと思った。

圧倒的にプロットがいいのだと思う。映画にしてもお芝居にしても小説にしても、作り手の言いたいことや要約的テーマを解釈する作業は、己っちには丸で退屈なことだ。

「君の名は。」で噛みしめるべきはテーマやストーリーではなく、プロットである。

ストーリーとは時系列の叙述であるのに対して、プロットは因果である。

「王様が亡くなられた後、王妃が亡くなった」はストーリー。

「王様が亡くなられ、それから王妃が悲しみのあまり亡くなられた」はプロットである。

プロットは「なぜだ」に答えるものだ。優れたブロットに心が動くというのは、観る側の知的なWhy? が揺さぶられ、最後に大きなカタルシスを獲得することである。娯楽のなかでもかなりハイレベル。

観る側の持つ知性と記憶力を総動員するのがプロットであり、「君の名は。」は、殺人の起こらない良質な探偵小説、ミステリと言い換えてもいい。

三年の時差によって同期できないパラレルワールドが、様々な伏線の収斂によってひとつのセカイとなる。その爽快感は難解なトリックが鮮やかに解決するのをそばで観たかのようだ。

袖振り合うも他生の縁、つまり輪廻転生は、人類の根源的プロットである。この映画は、これを「今生の3年間」かつ「雅と鄙」の時空に圧縮することに成功している。

余談だが、「君の名は。」を観て連想した映画は、クリント・イーストウッドの「ヒア アフター - 作品 - Yahoo!映画」である。この映画を観た直後に、東北の巨大津波が起きた。

「君の名は。」が気に入った人は、ぜひ「ヒアアフター」も観てみて欲しい。Amazonのプライムビデオで観られる。