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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

SMAP解散が意味するもの

2016年の日本は「前震」の年であった。不安定な活動期となり、僅かな月の満ち欠けも大きな揺れを誘う。

2016年は、放送が「前震」に見舞われた。

7月に放送文化の巨人・永六輔と大橋巨泉が亡くなった。

広告代理店が社会から強く糾弾されたことも、放送の時代のお終いを予告している。

和田アキ子が紅白歌合戦から漏れ、花道すら用意されなかった。まさに「切られる」という言葉がぴったり。

そしてSMAPの解散。

SMAPは日本のマイケル・ジャクソンである。

バブル絶頂期の1988年結成。その年12月のマイケル来日ライブを、彼らは最前列で観ているし、踊りのレッスンの曲はマイケルだった。

マイケルによる革新のひとつにスタジアム・ライブがある。SMAPも球場みたいなデカ箱で1日複数回入れ替え制のライブをやって、チケットやグッズで儲けるモデルを確立した。CD時代の終わりに適応することに成功したのだ。

マーケティングも革新した。スタジアムを何回も一杯にするには、ただのアイドルでは需要が足りない。「アイドルはティーンでないとダメ」「かっこいいことしかしない」といった固定概念を壊して、SMAPはアイドルではなくSMAPになった。強いて言えば日本のマイケル・ジャクソンである。

2000年代前半までは、まだ中国や東南アジアで日本の芸能コンテンツが受け容れられていて、SMAPもアジアで人気があった。しかしマイケル没後は、例えば2011年のSMAP北京公演のように、アジアで徐々に受け容れられなくなった。

SMAPは、日本の工業製品や国力の先行指標でもある。

SMAPの解散は、ポストバブルの失われた25年の終わりである。日本は途方も無い時間を無駄にした。