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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

リアルではなく死

己っちはもう二度とディズニーランドやUSJに出かけることはないだろうなと思う。

浦安に最後に出かけたのははるか昔、20世紀のこと。大阪のUSJには2002年頃に出かけたきりだ。いずれも当時付き合っていた女と出かけたが、細かな記憶が何も残っていない。いずれの女も、ミッキーやハリウッド映画が心底好きな女ではなかったのではないか、何となく出かけてやがて何ひとつ思い出も残っておらず、そのこともまた哀しい。

加えて、あそこへ行くと、日本がアメリカの属国であることを痛感して、寂しい気持ちになる。ウォルト・ディズニーやユニバーサルという米国ユダヤ資本に心底感化され、本心から楽しそうにしている日本人を目の当たりにするのが辛い。

人気アトラクションに150分とか200分も並ぶ忍耐強さもないし、エクスプレスというのか、余計に金を払って行列をショートカットする、まさに「時間を金で買う」所業も愚かしい。己っちは「時間を金で買う」奴は心底死ねばいいと思っているので。

なんと言っても、ああいう場に出向いて、己っちが完全に浮いた存在であることが浮き彫りになることが恐怖である。

世間様はあれをリア充というのか、己っちにとっては、米国ユダヤ資本の余興に心底酔いしれることは、権力や政商や豪商に都合よく制御されていることであり、生きるの反対、つまり死に近い。また、家族サービスというのも朱子学カルトそのもので、胸糞悪い。己っちにはあれらは、リアル(生)ではなくデス(死)なのである。