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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

専用端末なんて要らない

おそらく20世紀的なもののなかでしつこく最後まで人心を専横しているのは、家(マイホーム)だろう。

大学を出て社会人となり、社会で厳しく揉まれ、結婚して子を持ち、家族を作り、やがてマイホームを手に入れる、というのが日本人の標準的な線形の成長であるので、持ち家なんて必要ないなどとうっかり本音を漏らすと、特に女から嫌われてしまう。

積水ハウスなどのマイホームのテレビ広告に心底、虫唾が走る。朱子学カルトに染め上げられると、こんなものを夢と勘違いさせられ、一生かかって返済する借金のために、言いたいことも云えず、カルトな村社会で死ぬまで生きていかなければならなくなる。

マイホームなんぞ、己っち云わせれば、朱子学カルトを入出力するための魂の館、妄信的な専用宗教端末でしかない。必死に建てたマイホームに部下を休日呼んでホームパーティなどという心象風景に不可欠なのが、朱子学カルト専用端末としてのマイホームで、反吐が出る。

似非の自由専用端末としてのクルマも要らないし、”楽しい官報”の番組が無料で楽しめるプロパガンダ専用端末であるテレビ受像機も要らない。電話専用端末、ラジオ専用端末、ビデオ再生専用端末、ファックス専用端末、録音専用端末、計算専用端末、累々たる屍と化した専用端末は数えきれない。

子供というのもまた、家族や社会人という朱子学カルトを入出力する専用端末でしかなく、まるで欲しくない。

果たして子がどう育って、どう出てくるか予想もつかず、下手をすればこっちが致命傷を覆うかもしれない肉袋なぞをなんで抱え込まなければならないのか、全く意味がわからない。

上司とか部下なんぞという肉袋も、組織専用端末でまったく要らない。