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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

20世紀をどんどん捨てる

相見積取るのも面倒なので、二束三文でクルマを売ることを即決し、手続きに入ったのであるが、「愛車」との惜別なんぞまるでわかず、持ち物のなかでも図抜けて20世紀的な製品をすっぱり手離せたことのすがすがしさばかり感じるんであった。

自らの運転で、好きなときに、どこへでも移動できること

を、「自由」だなんて思わない。自動車メーカーの走狗となって、勘違いなコピーライティングをしている広告代理店によるプロパガンダにすぎない。

本当に自由な人は、自分で運転なんてしない。後部座席で運転手を顎で使えば、好きなときに、どこへでも移動できる。

2016年は、己っちにとって、20世紀的荷物を捨て去ることができた年になった。古いビジネス・モデルの仕事をいままさに捨てようとしている(笑)し、クルマだけではなく、電化製品、書籍などどんどん捨て去った1年間だった。

クルマはそのなかでもすっきり感が半端ないのは、やはりクルマこそが国家権力による収奪の象徴であり、政商や豪商によるプロパガンダの象徴であり、詐欺的な言葉に騙されてきた己っちの恥部の象徴であったからだ。

大学の頃金がなくて女にモテたくてもクルマを買えなかった劣等感で、ついつい必要もないクルマを買ってしまったことは、恥である。

近所の買い物なら歩いた方が健康に良いし、カーシェアリングという方法もある。旅行だって旅先でレンタカーを借りたほうが疲れない。

日本はずっと「クルマ持ってようやく社会人」みたいな洗脳にかかっていたと思うが、己っちはやっと自由になった。