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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

社会人というプロパガンダ

連休は温泉地で湯治。摂取カロリーも減らす。全館禁煙の宿である。憎煙者だけ泊まるので焼き出される危険性が低い。

良宿だが、未だに東芝製テレビ受像機が、客室センターに鎮座している。

日本は永遠にテレビに拘泥してるからダメだ。心底思う。銭湯でも飲み屋でも山手線でも会社でもスマホでも街頭でも、テレビはどこまでもついてくる。こんな国他にない。最近の「テレビ観ない自慢」は日本だから成立する。日本がテレビ漬けだからだ。

どんな成功体験でも、強烈であればこそ次へ進めない。明治維新は単なるリープフロッグ現象で、末期清帝国が官僚制で硬直していたのに業を煮やした英国が、周辺にある遅れた農業国の日本を唆して産業革命をぶち込んだのだ。現代中国がアフリカで、インフラや物流やITや金融の覇権を握ろうとしているのと同じことだ。

日本のテレビは、米国のハリウッド映画に近い機能を果たしてきた。フジテレビに入った奴の自尊心は冷戦期のハリウッドで活躍する映画プロデューサと酷似している。

日本で未だにテレビ広告の値崩れが殆ど起きないのは、NHKが国民から吸い上げた金でガラパゴスのテレビ放送の規格を作り、朝ドラや大河ドラマや歌謡ショーという「有料コンテンツ」を「配給」しているからだ。一見すると仲の悪い双子のようなNHKと広告代理店は共犯関係にある。

テレビのメッセージを乱暴に要約すれば、「社会人よ組織に従え」である。テレビは、社会人を肯定し、溢れた者を排除し、朱子学カルト思想に裏打ちされた価値観を賛美する。