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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

持たざること手ぶらの如し

手ぶらは、己っちにとってはスタイルというよりは「生き方」であるので、「組織」というものにも丸で執着しない。

インターネットによって組織は無効となっており、まだ世間に残っているのは、相当お寒い組織ごっこだけである。

組織なんぞ遅い、古い、疎いの三拍子。部下なんて厄介なナマモノも全然要らない。

他人とはつまり自分とは永遠に切り離された肉袋に過ぎず、重たいし、扱いづらいし、抱え込んで目をかけてもロクなことがない。肉袋の棚卸しや管理なんて、安月給では全然やる気にならない。

人間関係もまた極力手ぶらでいたい。肉袋を抱え込むことなく、必要な時に必要な場所で、必要なものだけ調達できればいい。

断捨離や片付け術を突き詰めていくと、モノの整理は、魂の整理に他ならないところへ行き着く。

日本語で「もの」の意味は多義で、辞書から引用すると、

「こと」が時間的に生起・消滅する現象を表すのに対して、「もの」はその現象を担う不変な実体を想定して用いる語である。

とある。

「もの」は物理的に存在するものだけを指すのではなく、「もの心」「物怪」「物思い」のように、正体不明の精神的なものを指す語でもある。

モノを持たないとはつまり、他人の精神をも引き受けないことに連なる。他人と無縁であることと、モノを持たないことは近い。

血と便の詰まった他者の肉袋を抱え込まないことは、自力では如何とも制御できない他者の精神に拘泥しない、ある種の生存本能、清々しさなのである。