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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

ノンアル人生の月日は百代の過客

私の土日はとにかく暇。まあ平日も暇だけれど土日は誰とも会わずどこへも行かず、殆どひきこもり。Amazonプライムのドラマを観たり散歩をしたり、読みたい本を貪り読む。金を殆ど使わない。

図書館へ行くのも本を返して借りるだけ。サウナやプールも人が多いので平日しか行かない。酒を飲まなくなってから、土日がとても充実している。人間は快適な気持ちになると、時間が経つのがはやく感じる。身軽(余計なものを持たない)、気軽(人間関係を簡潔にする)、胃軽(アルコール、過剰糖質と脂を摂らない)の「3軽」で生きてると、文字通り月日は百代の過客なのだ。しかし暇である。

身体の快適さと時間経過感覚の速さは比例すると思う。酒を飲んでいた頃はいま思えば毎日が苦痛で、なかなか一年が経たなかった。未来を見据えることが出来なくて、過ちに引き摺られ傾いたまま生きるのは物凄く難儀なので、時間も粘着する。

例えば、サウナにいると時間の経過はとても速い。美味しいものを食べている時もあっという間。眠っている時間も速い。モノを創っている時間も速い。快い、楽しい気持ちになると時間は粘着の反対、つまりさらさらする。

脳、腸、肌の調子が快適になると、光陰矢の如し。この調子で行くとあっという間に定年退職、リタイアの年になるだろう。健康という快に身を任せ、いまを生きる。将来確実に不要なものはいますぐ棄ててしまう。

週休二日制や8時間労働、定時出社などは近い将来確実に不要になる。電話やファックスも、下手をすると電子メールも不要になるかもしれない。郵便がもう仕事に不要であるように。経団連が2020年くらいから新卒一括採用をやめたい本音は、年功序列と終身雇用を完全に棄てることの表明である。

まあ実際に、会社の共同体性はこの5年で完全に壊れている。端的には社員家族の葬儀が会社組織とほぼ完全に切り離された。昔なら例えば社員の両親が亡くなれば、会社同僚が葬儀儀礼を取り仕切るのが「常識」だった。今では「謹んで辞退」がデフォルトである。

私などは最近の会社共同体のなし崩し的な解体が快くてたまらない。会社共同体の同調圧力隔壁が完全にぶっ壊れていて超メシウマである。

具体的には、会社の飲み会に行かなくてもOKだし、年功序列も常識ではなくなった。同僚に年賀状も書かなくてOKだし、接待も休日のゴルフもはっきり断れる。

古臭い神話に従わなくても良い時代、自分の内なる快・不快に忠実に生きられる時代である。あと10年早く生まれていたらきっと理不尽なリストラもされていただろうけど、軍国企業も個人にヘタな圧力をかけられない時代になった。

こうなってくると、軍国企業のしょうもない管理職とか、名ばかりのチームワークとか、儀礼的な飲み会とか、ゴマすりとか忖度とか心底かったるい。もはや軍国企業で偉くなってもほぼ尊敬されない。偉くなっても、もう軍国企業は利益が出ない。

 

 

 

 

 

 

いま起きつつある作文革命

テキストを書く方法が変わってきた。音声入力とクラウドの進化によって、スタンドアローンのPCだと生産性が全然高まらない。例えばキングジムのポメラみたいなキーボードで文章を作成することだけに特化したデバイスがあるけど、もはやそれだと、テキストの生産はかなりかったるく感じる。音声入力とクラウドで作文することを経験すると、スタンドアローンPCでの作文は、手書きのようにだるい。

iPhone SEでSimeji音声入力を使ってWorkflowyに入力、iPhone Xでクラウド同期されたWorkflowyをキーボードやフリックで補正する、この書き方が今のところ最もはやく文字を書ける。

固有名詞などまだ認識しにくいものはあるが、驚くほどストレスがない。実用レベルどころかある種の身体拡大を感じるほど。念力で文字を書いている感覚とでもいうべきか。確かに大量の文章を編集したり校正したりするにはPCがまだまだ便利だけど、ゼロからイチをつくりだす段階では最速最善の方法は音声入力とクラウドによるものである。

朝起きてから出社するまでの時間でひたすら音声入力で文字を書き出して、外出先で暇を見つけてiPhone Xで修正、加筆して、帰宅してPCを使ってファイナライズ──これが最近のテキスト・ライティングのルーチンになった。こうなると、会社のオフィスやスタバよりも自宅で仕事をしたくなる。テクノロジーの進歩により、わざわざ通勤する意味がどんどんなくなる。通勤の経済損失は3240億円という試算が最近でた。いやいやもっとだろ、シングルタスクに人を縛り付ける損失はプライスレスだ。

あと10年したら、自社ビル持ってる会社とかなくなるのではないか。

自宅で仕事をする以外には、音声入力やテレビ会議のできる防音個室のあるコワーキングスペースが主要なターミナルにあれば良い。必要な時だけその会議室に集まればいいのではないか。

ついでに言うと、読んでいる本で感心した所や思いついた感想などは音声入力でメモを取るのが一番はやい。iPhone XでKindleや自炊本を読みつつiPhoneSEで音声入力していく。知的活動の為にも、iPhoneは2台持つのがオススメである。もはや大判のノートブックや手帳を持ち歩く必要は全然ないのである。パソコンも自宅とオフィスにあれば十分である。キーボードを持ち歩く必要すらない。紙のノートや手帳に何かを書くためには、机のある場所を確保しないといけないけれどカフェや図書館などでは机付きの椅子というのはすごく混んでいる。iPhone2台あれば、椅子やソファーだけのある場所で知的生産活動ができる。具体的におすすめなのはインバウンド用のホテルのロビーである。彼らは一刻も早く観光したいのですぐにいなくなる。彼らはひたすらぺちゃくちゃ喋っているので、こちらがスマートフォンに音声入力していてもぜんぜん変な目で見られない。

文章の書き方が手書きからワープロに変わった時に起こった変化よりも、ワープロから音声入力に代わるこれからの方が、大きな変化が予想される。正確に文字を入力することができるようになった先には、自分らしい語彙を選びとるセンスなども自動化されるだろう。村上春樹風のような文体作文マシンなんかも簡単に出来るだろう。

 

 

 

 

 

平成という立ち往生

日本で社会福祉が行き詰まっているのは単に金持ちに累進課税を適用出来なくなっているからで、金持ちは、見ず知らずの貧しい老人のためになんて金を使いたくない。アベノミクスは要するに資産運用による所得を甘く見逃して、富裕層から税金を厳しく取り立てるのを諦めたということ。人々がいま直面する四苦八苦を紛らす金は、中間層と未来から薄く広く取って来る、というのが日本の政官財の先送り泥棒スキームである。

テレビ、アルコール、朱子学カルトが日本の三大ドラッグなのだけど、テレビは百万遍同じ情報を浴びせて消費させることで消費税を搾り取り、アルコールは野放図に24時間いつでもどこでも好きなだけ買って飲めるようにして酒税と消費税を二重で掠め取り、朱子学カルトは人間を社会人や会社員という組織の檻に精神的に軟禁して、天引きで所得税を差っ引く。

これらのドラッグ中毒者は、要するに徴税ターゲットなのである。消費税を食料品など必需品で負けてやるかわりに、タバコ税を上げて相殺するつもりでもある。

戦前・戦中の軍事最優先国家がそのまま経済最優先国家になっただけで、OSは軍国時代のまんまである。生真面目だけが取り柄の名もなき人々の命など二の次。

軍国の政官財学が軍国OSのコマンドキーで中間層に刷り込んできたことを列挙すると……。

  • 考えるな。

「なぜ」と「で」を封じ込めるために、「なぜ」や「で」を口にすることそのものを失礼なこととして幼児期から徹底的に洗脳する。元気よく「はい」と返事することしか評価しない。

  • 周りと合わせろ。

徹底したピア・プレッシャー(同調圧力)を人工的に作り出す。具体的には生物的に同質な集団を同空間に軟禁して、彼らを政治闘争(いじめ)に熱中させる。

  • 逃げるな。

「選択と集中」という言葉があるけど、選択も集中も同義であって、この言葉によって実は命令されていることとは、「権力者にとって損になることから下々は決して逃げるな」ということである。

  • 酒は人生の活力源である。

戦中は覚せい剤を打ちまくっていたが、戦後はより安価に製造、流通させることのできるエタノールに麻薬を一本化。国家総ぐるみとなってアルコール投薬を朱子学カルト儀礼に援用して、プロパガンダを身体的に、体験的に腹落ちさせた。

  • 消費は美徳である。

野球やテレビドラマ、アメリカ横断ウルトラクイズなどあらゆる手を使って米国を好きにさせ、米国式の大量生産、大量消費を正義として礼賛、奨励。核家族というライフスタイルや、持ち家を35年ローンで買うことや、マイカーを頻繁に買い換えることを中間層の「身の丈の幸福」として洗脳。

  • 忙殺は美徳である。

しょうもない相互監視や感情労働にがんじがらめにして、とにかく忙しくさせる。忙しい奴が偉い、忙しい奴こそ優秀という価値観を捏造して、国民の「心を亡くす」プロパガンダを推進。中産階級に忙しいフリ、コネのあるフリ、金持ちのフリをさせ、おだて、酒を飲ませ、考えられなくして、消費させる。

──軍事最優先国家が、吉田茂の戦略性によって軍事を米国に押し付けて、経済最優先国家になったのが戦後の冷戦期である。冷戦が終わってからすぐに始まった平成時代は、不可避の変化を嫌い、未来への適応を先送りした取り返しのつかない無駄な時間であった。

損得勘定キマジメン

私の原理は明確で、10年後にないものは今すぐ容赦なく棄てる、である。アルコールやニコチンはもちろん、PCメインの仕事とかヒエラルキー組織の「マネジメント」とかGDL(ゴルフ、ディナー、ランチ)とか、多分10年後には殆ど不要なものなので、今から容赦なく棄てる。価値とは未来が決めるもの。過去に価値があっても現在価値があるとは限らない。

サウナでYouTubeから落とした90年代J-POPメドレーを聞きながら、なぜあの頃の音楽を聴くと物悲しい気持ちになるのか考えていたら、ようやっと答えがわかった。

あの頃の歌謡曲はすべてマスの中間層に向けたプロパガンダだったのだ。あの頃大量にいた中間層が今ではもうすっかり絶滅に瀕した、殆ど存在しない人々であることが、物悲しくなる本質的な理由だと気付いた。もう10年後には、中間層に向けたプロパガンダというものはほとんど存在意義を失っているに違いない。

日本の既得権益層である製造業は、これまでずっと中間層を相手にしたマーケティングをして成長してきたのに、こんなに急速に中間層がいなくなってしまって、呆然と立ち尽くしている。

所得の二極化が進み中間層が崩壊

いまも懲りずに地上波でやっているテレビドラマなども、中間層に向けたかったるいラブストーリーを焼き直したものをひたすら放送し続けていて、こんなものも5年10年先にはもはや存在していないだろう。制作費が少ないのか、脚本のしょぼい文学性、セリフの妙みたいなものにすがりつきストーリーに全然動きがないので観ていて全く面白くない。中間層の亡霊に語りかけ、実際に届くのは独居老人という間抜けさ。連ドラだけでなく日本の軍国企業は並べて、亡霊中間層に届かぬ声を届けている。すべて無駄。

五年先、十年先からバックキャストして今を生きていないので、日本はなんだかとても停滞している。あらゆるものが、過ちに引きずられ傾いたまま、古臭い組織の損得をベースにして動いているので、未来を向いた新しいことにチャレンジする精神がどこにも感じられない。

この停滞した日本で跳梁跋扈しているのが、損得勘定しか考えていない生真面目な朱子学カルト「キマジメン」である。彼らはとにかく失敗をしないこと、ボスに怒られないことを最優先に生きている。明るく元気に空気を読んで、時にはエッチなことや組織ぐるみの不正も率先してやり、かといって、野心は微塵も見せずとことん謙虚に振舞っている。

彼らが熱中しているゲームは、自分たちのボスにいかにして他の誰よりも引き立ててもらうか、決して歯向かうことのない「ういやつ」として頭角を現すためならなんでもかんでも、損得ゲームしかやろうとしない態度である。

「損得勘定キマジメン」たちは客のことなど全く考えていない。市場など見ずにボスだけを見ている。そうこうしているうちに、GAFAのような、人間の動物的欲求を圧倒的な物量で満たしていくアメリカのプレーヤーにすべて奪われていく。

もう本当はいない中間層に向けて、損得勘定キマジメンが不毛な立身出世競争をしている間に、気が付けば利益の全く出ない、市場に存在が許されない企業になってしまう。

日本の軍国企業はもう既にかなりリカバリーの厳しい状況に来ているけど、現状を正確に認識できている人は、あまりいない気がする。

 

 

 

 

 

ストックコンテンツの時代

Amazonプライムのオリジナル・コンテンツが急速に充実してきてて戦慄。日本オリジナル・コンテンツもグローバル・コンテンツも充実しまくり。Amazonのドル箱は、AWSとプライムだから、プライムへの力の入れようは半端ない。コンテンツで圧倒して、ある日サブスク料金が値上げされる。まぁでも仮に値上げされたとしても、朝日新聞の月4000円とか、NHKの月2000円とかと比べれば全然安いわけで、どう考えても朝日新聞やNHKの潜在的な競合(時間という資源を争う相手)はAmazonプライムである。

もはやマスではない亡霊の中間層に向けた、荒唐無稽で寝ぼけた内容の地上波連ドラなぞ、AmazonプライムやNetflixのオリジナル・コンテンツに比べればすでにかなり見劣りする。制作費が圧倒的に違うのではないか。放送ってそもそもフローのコンテンツだから、本来のストック型のコンテンツであるドラマが出てくるとぜんぜんかなわない。起承転結が完パケされた単行本の小説と、新聞の連載小説みたいな魅力の差がある。テレビなどもはや事勿れ主義で貫かれた巨大なまとめサイトでしかない。

AmazonプライムやNetflixのやっていることは至極真っ当で、超合理のマーケティングであって、これはなるべくしてなりつつある趨勢である。AmazonプライムやNetflixに比べてNHKとそのおまけで観られる民放に支払う「受信料」は本当に割高だし、なんてったってとにかく事勿れ主義の軍国サラリーマンが垂れ流すコンテンツはマーケティングの原理に相反しているものばかりで丸で面白くない。

NHKを辞めて鳴り物入りで「ニュースキャスター」になった「ヤング・エグゼクティブ世代」の女性とか、なんの取り柄もなくてお気の毒。NHK電波という軍国リソースでノーリスクで得た絶大な知名度を、私腹マネタイズする心根が浅ましくさもしいので、私は死んでも観ない。

NHKにせよ民放にせよ、もはや存在しない中間層向けの寝ぼけた地上波番組コンテンツを観ていると、物凄く色濃く背後に存在を感じるのが、バブル世代の「プロデューサー」というバカ殿様とその茶坊主たちである。

バブルの成功体験を知る最後の世代である「ヤング・エグゼクティブ世代」が今テレビ局の管理職になっている。マスの中間層にトレンディな風を吹かせることが彼らの喜びなので、その線でつくり続ける番組は自己満足に過ぎない。ターゲットが間違っているので、テレビ前の年金老後世代からは華麗にスルーされる。

NHKと日テレとテレ東は視聴者ターゲットがほとんどシニアであることを、かなり割り切っているけれど、その他のチャンネル・ステーションは、本当はもういない中間層に向けて自分のステーションを無理くり上げ底に見せようとする痛さがある。

ラジオがradikoアプリになってしまったように、テレビも早晩、スマホのアプリになる。この動きには逆らえない訳で、やるべきはAmazonプライムや、Netflixのストック型のコンテンツに対する競争力を早く持つことだと思う。

まぁでも彼らは資金力が徐々にショートしてきているので、体力勝負になると現実は厳しいのだろう。私などはすでにストック型コンテンツを手ぶらモバイルで楽しむライフスタイルに完全シフトしてしまった。